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哲学辞典 (か〜こ)
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カント 哲学上の対立を統一した

客観的な認識はありうるのか。「純粋理性批判」
人間はなにを知りうるのか。アンチノミニーが示したのは、理性は世界の極限を知りえない。推論で客観的な世界を認識できない。カントは世界を「物自体」として人間が認識し得ない対象とする。神や魂の存在の意味を否定しない。魂や神は、知の対象ではなく、人間の意志や行為、善く生きることと深く関わっている。
人間は客観そのもの世界を認識できず、主観(認識装置)を介した世界としてしか認識できない。世界そのものは不可知、あるいは神だけが認識できる。
人間の認識能力をとおしてのみ知られる世界(現象の世界)だけを持つ。
理性はこの現象の世界を超えて世界そのものを知ろうと推論するが、不可能であり、アンチノミニーに陥る。 
読書案内:「カント入門」石川文康著・ちくま新書
      「純粋理性批判」上中下・原祐訳・平凡社ライブラリー

(知識ゼロからの哲学入門・竹田青嗣・現象学研究会・幻灯社)                                                                                                                                        

私は、自分の思うどおりに生き、それ故の孤独を耐える以上に喜びを迎え、自分の手で作った製本に見入っているS氏の姿が見えるだけだ。S氏は「金」で生涯苦しまれた。しかし「金」の本生を徹底的に見抜いておられたと思う。「と思う」と言ったのは、私自身がその点までまだ辿りついていないからだ。S氏の深い洞察は、「金」はものではない。ものとなることは決してできない、という一言に尽きると思う。
金ともの、この二つのものは、経験の両極のように思われる。
(木々は光を浴びて・森有生・筑摩書房)

 

確率

確率とは、私たちの知識が不足していて、確実なことはわからないと認めることであり、自分の無知を相手にするためにつくられた方法なのだ。
現実の世界では正解よりも問題そのものを推測しなければならないことが多い。
まぐれ・ナシーム・ニコラス・タレブ著。望月衛訳・ダイヤモンド社)

科学技術と場の思想

近代人は救済者を失っている。
最後に残る神として、我々が共通に受け入れてきたの科学技術である。
その科学技術の論理にしたがえば、秩序は力による支配によらなければ実現しない。
力による支配によって人間と自然は共存在できたであろうかというこいうことである。答えは明らかに「否」である。
新しい文明の鍵が多様な個の共存性であることを思うと、自然を含めた第四の「救済者」を発見することが必要である。
主客非分離性を考慮して主体(自己)の活きを入れると、(場所的自己言及によって)場が現れるのである。具体的には、これまでの科学技術では客体だけを対象として論じてきたが、拡張された科学技術では対象(存在者、生存者、生活者)と場が一緒に出現してくるのである。
分かりやすく言えば場とはこの場合は自分を包んでいる全体的な生命の活きのことである
場こそ、これからの地球において共に存在するために本質的に重要な活きである。個の存在の多様性に立脚する秩序は、ドラマの舞台に相当する「出会いの場」においてしか成立しないからである。
(場の思想 清水博 東京大学出版局  )

観念

「観念」は、文字通り個人に相対的な多くの場合ただの「思い込み」をさす
(池田晶子・暮らしの哲学・新潮社)

概念

「概念」は、普遍的絶対性のの「考え」を指します。これは万人に共通し、全宇宙を包摂する考えそのもの、理性の使用によって捉えられるものです
(池田晶子・暮らしの哲学・新潮社)

仮面(ペルソナ)は人格の構成要素(Martin・Heidegger

私は、出会った人を「その人が演じている役割」として認識し、その人も私をそのように認識します。
それらの役割は人格を構成する要素でもあります。
私たちは、ある役割演技をするための「仮面」(ペルソナ)をつけている存在であり、その「仮面」こそが私たちの人格を構成する要素であるということです。
仮面は束縛を強要します。
私たちは、この「世界という舞台」で、自分がどう行動すべきかという「脚本」を同時に書きながら、これまでにない「新しい役割」を演じつつある存在です。
(現代思想の使い方・高田明典・秀和システム)

画餅

恁縻功夫するとき、生死去来はことごとく画図なり。無上菩提すなはち画図なり。おほよそ法界虚空、いずれも画図にあらざるなし。

もし画は実にあらずは、仏法も実にあらず。仏法もし実なるには、画餅すなはち実なるべし。

(道元全集・画餅・春秋社)

快楽主義

「嬉しくて悦んでいること」や「快楽」や「愉悦」やそういった類と協和するかぎりのものがあらゆる生物にとって善である
(ピレポス プラトン著 山田 道夫訳)

格言による真理

考えるかわりになじみ深い格言に頼るという間違い。格言を用いるどんな人も、少なくとも、議論されているその格言が本当に適用されることを示すことができるべきである。
思考の道具箱・ナイジェル・ウオーバートン・坂本知宏訳・晃洋書房)

仮定

議論のために想定されたが、しかし必ずしも信じられていない前提であり、時に前提条件として知られている。何が真であるかを見出すのに役立つ。
思考の道具箱・ナイジェル・ウオーバートン・坂本知宏訳・晃洋書房)

家族的類似性(family resemblance term) 

必要十分条件によって定義できない語や概念のために、ウィトケンシュタインが造りだした名前。家族の異なるメンバー達は一つ以上の共通の特徴を皆が共有していなくても、似ていると認めることができるという事実に由来する。我々が多くの概念の正確な定義を与えることができなくても、それらを用い、理解できるのはいかにしてなのかを示す。
思考の道具箱・ナイジェル・ウオーバートン・坂本知宏訳・晃洋書房)

仮定は無しにしよう

起こるかもしれないことに関する厄介な問いに答えることを避けるために用いられる修辞学的なテクニック。とりわけ政治家は「仮定は無しにしようという動き」を用いがち。
思考の道具箱・ナイジェル・ウオーバートン・坂本知宏訳・晃洋書房)

仮説

証拠や反例によって確証されたり論駁されうる言明。仮説が単なる主張と異なるのは、仮設は検証されたり誤りを立証されたりする目的で提出されるという点にある。
思考の道具箱・ナイジェル・ウオーバートン・坂本知宏訳・晃洋書房)

含意するimply

結論が前提から論理的に帰結する時、前提は結論を含意する。だが、前提は何ものを推論することはない
思考の道具箱・ナイジェル・ウオーバートン・坂本知宏訳・晃洋書房)

願望的思考wisheful thinking

何かが本当ならいいなということを理由にして、それが現実に本当であるに違いないと信じること。願望的思考は我々と真理との間にベールを置くから危険であり得る。
思考の道具箱・ナイジェル・ウオーバートン・坂本知宏訳・晃洋書房)

観自在菩薩

もともと実在しない。全自己をもって仏道修行の立場から見ると、観自在菩薩は自己以外のものであってはならない。その菩薩が般若波羅蜜を行じて渾身=全身で照見すると、自己の五蘊は皆空である
(道元禅師全集・正法眼蔵・水野弥穂子・春秋社)


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記号学

記号学

木田 元

本書をお読みくださって、どうも話の辻褄がうまく合っていないと思われたり、このさきどうなるのか気にされたりされる方のために
哲学史
「反哲学史」(講談社学術文庫)
「わたしの哲学入門」(新書館)

ニーチェや現代哲学について
「マッハとニーチェ」(新書館)
「現代の哲学」(講談社学術文庫)

ハイデガーについて
「ハイデガーの思想」(岩波新書)
「ハイデガー「存在と時間」の構築」(岩波現代文庫)
「哲学と反哲学」(岩波現代文庫)
(反哲学入門・木田 元・新潮社)

 企投され耽落したわれわれ(Martin・Heidegger)

『世界」という名前の劇場に、私たちは投げ出されています。ハイデガーはそれを「企投」と呼びました。企投された私たちは、そこで役割を演じ、それに投入されています。ハイデガーはそれを「耽落」と呼びました。
耽落した状態:他人から見た自己:対象化された自己
(現代思想の使い方・高田明典・秀和システム)

岸田 秀

1933年香川県生まれ。和光大学人間関係学部教授。「人間は本能の壊れた動物」であって、「すべては幻想である」という「唯幻論」を展開している。「ものぐさ精神分析」(中公文庫)。
(コンピュータ
のきもち・山形浩生。アスキー

教(養)

子適衛。冉有僕。子曰、庶矣哉。冉有曰、既庶矣。又何加焉。曰富之。曰既富矣。又何加焉。曰教之。(論語)

 教育

本質を捉える知

他者を感じる力

先頭に立つ勇気

人材育成のための小宮山三原則

絶対情報学・伊東 乾著・講談社

技術

自然が持つ様々な必然性や制約を乗り越えるために人間が使う一切の手段

(<反>哲学教科書・ミシュエル・オンフレ・NTT出版

帰納

真なる諸前提が結論を信ずるよい根拠を与えるが、しかし確実に真であるとは限らないような推論方法。
思考の道具箱・ナイジェル・ウオーバートン・坂本知宏訳・晃洋書房)

規定的定義

辞書的定義ではなくて、語や句がいかに用いられるべきかに関する意識的ではっきりした決定の結果である定義。
思考の道具箱・ナイジェル・ウオーバートン・坂本知宏訳・晃洋書房)

既得権益

投資の結果に個人的な投資が絡んでいること、特定の結論に達するなら得になりそうなこと。既得権益が発見されるなら、理由と証拠が伝えられる仕方にバイアスがある可能性と、そうしたバイアスへの強力な動機とに注意を払うべきである
思考の道具箱・ナイジェル・ウオーバートン・坂本知宏訳・晃洋書房)

詭弁法

よい推論の諸原理を尊ばずに、見せ掛けの議論に紛れてありそうもない結論をこっそり持ち込む、利口さの誇示。論点回避、循環的議論、多義性による虚偽、形式的虚偽と非形式的虚偽、ニセの深遠さ、レトリックを含む範囲の怪しげな怪しげなテクニックのための包括的語。
思考の道具箱・ナイジェル・ウオーバートン・坂本知宏訳・晃洋書房)

議論

結論を支持する理由。これを口論の意味の「議論」の用法と混同してはならない。後者では推論でなくて主張と反対主張が推論よりもはるかに普通である。本書における「議論」は、結論を信じるための理由を与える。これに対して主張は単に結論を提出し、その結論を信じる格別の理由は何ら存在しない。
思考の道具箱・ナイジェル・ウオーバートン・坂本知宏訳・晃洋書房)

機根(うまれつき

しかあるに、人根に多般あり。
生知 学而知 佛知者 無師知者
これらの数般、ひとつを利と認じ、ふたつを鈍と認ぜざるなり。多般ともに多般の功業を現成するなり。
(正法眼蔵第十大悟・水野弥穂子・春秋社)


 


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暗いところ

いつも明るいところだけを見ていたら、暗いところにあるものが見えなくなってしまう。そもそも暗いところにこそ、真実が隠されているのでゃないでしょうか

真贋 吉本隆明 講談社

クオリア 

 
クオリアとは、「赤の赤らしさ」や、「バイオリンの音の質感」、「薔薇の花の香り」、「水の冷たさ」、「ミルクの味」のような、私たちの感覚を構成する独特の質感のことである 

 (クオリアマ・ニュフェスト 茂木健一郎)



 


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解脱 インド哲学の目的:あらゆる束縛から自由になること。人間の最高の幸せである
samgaha201211.石飛道子)

言語ゲーム

言語ゲームとは、言語と行為とが織り成す世界を意味する。いかなるゲームも、それにさきだって存在する実体の世界を写すのではなく、それ自体がある意味で実在する1つの世界を構成するようにーーーー1つの世界を構成しているのである。そして、そこにおいては、すべてが意味的につながり合っているいる
(ウイトケンシュタインから竜樹へ・「黒崎宏・私設中論」・哲学書房)

形而上

この世のああだこうだを超越した普遍的な事柄

(池田晶子・暮らしの哲学・新潮社)

ゲームの理論

このように双方の期待と結果のあり方に関する計算を行うことによって、自分の行為を選択し、相手の行為を予測して、与えられた条件下における最善の帰結を求めるやり方を「ゲームの理論」とよぶ。
(哲学ワンダーランド・貫成人・php研究所)

而上学

ニーチエにとって形而上学とは、一口に言ってプラトン以来西洋の全思想を支配してきた思考の形態、すなわち現実の感性的世界を超えたところに超感性的なイデアの世界を構想し、しかもこの超感性的世界をこそ真の世界と見なす思考法のことである
ニーチエによれば、この形而上学はかけがいのない現実の世界、生成の世界を単なる「見せかけの世界」と断じ、その背後にひとつの不変なる「存在」の世界、つまり形而上学的世界を虚構する。しかも今やこの捏造された「真なる世界」が基準となって現実の世界が裁量される、というのである。こうした形而上学的思考形態を、ニーチエは一口に「プラトン主義」とも呼ぶ。そしてこの意味で、キリスト教もまた「大衆向けのプラントン主義」と名づけられるのである。
現実の生成世界以外に「別の世界」はないニーチエにとって現実の世界、つまり感性的世界こそが唯一の「真の世界」であり、超感性的世界は「見せかけの世界」となる
(ニーチエV・白水社・解説、訳・薗田宗人)

 芸術作品の理解

芸術も言葉と同じようにできていて、文法、構文、約束ごと、様式、規範がある。芸術作品がどういう条件で存在し、どういう条件で現われるか知らなければ、美的な判断はまったくできず、考えることもできないのだ
どんな対象であれ、判断力を養うことを受け入れてはじめて、その対象を味わえるようになる。
判断力を育むには、手順、方法、そして指導者も必要だ。手ほどきなくして、美は成立しない。(
DW・アドルノ)知識を増やし、喜びを増す(D・ヒューム)
反哲学教科書・モシエル・オンフレ・NTT出版

権威による真理

問題に関する権威者とされている人がある言明を本当だと言ったことを由唯一の理由としてそれを本当だと考えること。専門家は通常は比較的狭い領域において専門家であるに過ぎず、自分の専門外の領域に関する発言は、専門領域に関する発言と同じような真剣さで受けとめられてはならないこと。
思考の道具箱・ナイジェル・ウオーバートン・坂本知宏訳・晃洋書房)
 
現代思想と現代思想以前の哲学や思想

それまで以前の哲学」の多くは「自分の幸せ」を直接追求できると考えていたのに対して、現代思想はそうは考えませんウイトケンシュタインは、「自分が考えた筋道」を他の人がたどることによって、その人が幸せになるということを想定している
(世界をよくする現代思想入門・高
田明典・ちくま新書)

現成考公案(げんじょうこうあん)

仏道をならふといふは、自己をならふ也。自己をならふといふは、自己を忘るるなり。
自己を忘るるといふは、万法に証せらるるなり。万法に証せらるるといふは、自己の
心身および他己の心身をして脱落せしむるなり。
正法眼蔵・道元全集1・春秋社・訳注水野弥穂子・春秋社)

 

 

 


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古鏡 こきょう

この古鏡のところから、胡来胡現、漢来漢現の事実を見ることができるのであり、仏祖も現お成するという。正伝の仏法は、自己をはなれて他には何者もない(心外無別法)と説く、この鏡のところから、仏祖も親しく見ることができるというのである。
すべての生命をもって生まれてきたところに、大円鏡の明が備わっている

(正法眼蔵19古鏡 道元禅師全集 訳注水野弥穂子春秋社) 

 

子供

フランスの歴史家フィリップ・アリエスによれば、ルネッサンス期の絵画において子供はまるで「子供らしく」は描かれておらず、「小さな大人」であった。かれらは、大人の服をそのまま着ており、農作業などをできる範囲で負担し、居酒屋などにも普通に出入りしていたのである。子供らしいイメージというものができあがり、子供の入っていい領分とそうでない領分が区別され、仕事をすることなく遊び、もしくは勉学に専念できるようになったのは近代になってからのことであった。(アリエス・子供の誕生・みすず書房)
(哲学ワンダーランド・貫成人・php)

幸福

心の幸福につきる。
内なる成熟を、日々観察し味わいつつ暮らす。
池田晶子・暮らしの哲学・新潮社)

好み

人間万事、この世のすべて、じつはこの「好み」という恐るべき主観性によって成り立ち、また動いているものだということがわかるでしょう。
人間をその根底において衝き動かしているものは、これが好きで、あれが嫌いだというこの不可解な情動であって、決して主義や思想やイデオロギーではないのですよ。
好みというのは偶然のものです。偶然のものだから説明できないのだ。好みは個人のものではない。宇宙へ通じる深い謎です。
人は利害や損得と好き嫌いと混同しやすいのです。これは単なる計算です。
(池田晶子・暮らしの哲学・新潮社)

言葉を学ぶとはどういうことか(Wittgenstein)

言葉の意味とは使用である」というのは、「言葉は適切な状況で使用されることによって、その役割を果たすことができる」ということです。
また、「ある意味を理解する」ということは、「その文を適切な状況で使用することができると感じること」であると言います。
言葉の習得は言語ゲームのルール・シナリオを習得すること

(現代思想の使い方・高田明典・秀和システム)

言葉

言葉を学ぶとは、私と他者との絶対的差異性を消すことを学ぶこと、あたかもそこに何の隔絶もないかのような世界の見方を学ぶことではないか、ということである
(哲学者というならず者がいる・中島義道・新潮社)

言葉

言葉は語る。語られたものの中に、語るという活動はしっかりと守られて残っているのである。純粋に語られたものとは詩である。

冬の夕べ

雪が窓辺に落ち、                事物に到来するよう命じつつ、言葉として語り出
夕べの鐘長く鳴りわたり、
世の人おおくに食卓整い
家うちよく設えてありたり、

さすらいを続ける人のいくたりかは      世界に来るように命じている
小暗き小経を踏みて家の戸口に来る、
恵みの樹は黄金なし花開く
大地の清冽なる樹液によりて。

さすらい人静かに内に入る          世界と事物に呼びかけて両者の親しみの中心へと
痛みは敷居を石と化したり。         誘う。この呼びかけこそ語るということの本質なの
汚れなき明るみに輝くは           である。  
卓の上なるパンと葡萄酒。

ゲオルク・トゥラークル

が自ら語り出すときは、実は詩的な想像力そのものが、己を言い表しているわけである。
人間は言葉に応答するときのみ語る。この応答とは聴くことである。大切な唯一つのことは、言葉そのものが語り出しているその只中に我々が住みつくことを学ぼうとすることである。言葉が語るのである。言葉が我々に向かって語るのは「詩という純粋に」語られたものにおいてなのである。
言葉は合図を送って招く。
[言葉・言葉についての対話・ハイデッガー全集第12巻・亀山健吉・ヘルムート・グロス訳・創文社)

 

コンテキスト

ある語、文、発話の理解を可能にし、限定するもの。意味や解釈をある仕方で作り出すメカニズム、その世界。

コンテキストと発話

コンテキストと発話
発話:コンテキストの中の文の意味。発話されるとき、単独の意味とは違う意味が表され、その表された意味はコンテキストに関係している。
(1)ある意味の理解や解釈を可能にしたり、限定したりするものとしてのコンテキスト
(2)意味やその解釈を特定の仕方で作り出すメカニズムや世界としてのコンテキス

コンテキストと人称

コンテキストが作り出す人称世界として「話し手と聞き手が存在する時空間」、直示的な空間・場・の分析。
話し手「わたし」が、聞き手「あなた」にとって「わたし」であり、「わたし」と「あなた」が共有する時空間を「ここ」、「今」で指すことができるような心理的空間・場は、「人称化という言語化」が可能にしている
(大石悦子・コントラテキスト論)

言葉

ことばへの畏敬は、人間を成熟へと、知的、感情的、道徳的に導くことができる戒律のうち、首位におかるべき教条に伍しうるひとつである。
ダグ・ハマーショルド・「道しるべ」鵜飼信成・訳・みすず書房)

コンセンサスによる真理

ある言明が一般に同意されているからという理由だけで、それが真であると考えること。これはほとんどの問題について、真理を発見する信頼できる方法ではない。
民主的意思決定に対する攻撃と混同しないことが重要である。それが問いへの真なる答えを信頼できる仕方で与えるからでなく、異なる利益集団の平等な参加を考慮し、専制者になるつもりの者の権力を最小化する方法を提供するからである

思考の道具箱・ナイジェル・ウオーバートン・坂本知宏訳・晃洋書房)

 黒白思考

個々のの場合を全て両極端のうちの1つの事例として分類すること。その時実際は両極端の間で占めることのできる可能な立場が多く存在するのだが。
思考の道具箱・ナイジェル・ウオーバートン・坂本知宏訳・晃洋書房)

五蘊

形あるもの(色法)としての地水火風の四大と心法としての受想行識を合わせて五蘊である。
正法眼蔵・道元全集1・春秋社・訳注水野弥穂子・)

構造主義者

たぶん、ぼくは構造主義者である。「読む力」といったところで、表層的な読みなんかどうでもよくて、その「数学の世界」の構造をどう「読み取る」かが問題だと思う。文章題を「読む」のだって、その世界の構造を「読み取る」ことだと、構造主義者のぼくはかんがえている。
ぼくはいくじなしと、宣言する・森 毅・青土社)

 
 
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